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山口地方裁判所 昭和31年(レ)75号 判決 1957年12月12日

控訴人 渡辺四郎

被控訴人 梶山源一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し被控訴人が萩市大字吉田町字吉田町第四十二の一番地の南側控訴人所有の同所第四十一の一番地の宅地に隣接する境界線上表道路から二十九尺五寸の地点を起点としその北側二尺一寸の点に建造されている被控訴人所有建物内部において、東に向い縦九尺、横三尺八寸の間に建造されている大便所三室(原審判決添付図面参照)を撤去せよ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

証拠として控訴代理人は当審証人小野忠の証言、当審における控訴本人渡辺四郎尋問の結果並びに当審の検証の結果を援用し、被控訴代理人は当審における被控訴本人梶山源一尋問の結果並びに鑑定人青木三千仁の鑑定の結果を援用したほか、すべて原判決の証拠の部分に記載してあるところと同一であるから、こゝにこれを引用する。

理由

萩市大字吉田町字吉田町第四十一の一番地の土地が控訴人の所有であること、同所第四十二の一番地の土地が被控訴人の所有であること、右両地が境界を接する隣地関係にあること、被控訴人が右被控訴人所有地上の被控訴人所有建物内に第一、第二、第三槽の設備を有する改良式便所を設置していることは当事者間に争がない。

原審証人二ノ宮信夫の証言、原審及び当審における検証の結果、当審における鑑定人青木三千仁の鑑定の結果によれば、右改良式便所の位置は被控訴人所有地の西側の表道路から二十九尺五寸東側で、控訴人及び被控訴人所有地の境界線から北側二尺一寸の線から北側に東に向つて縦九尺、横十三尺の間に建造されており、第一槽の南壁と境界線との距離は三尺であること、第一槽の大きさは縦九尺、横三尺八寸、深さ地下四尺二寸であり、その北壁には底面から七寸の高さの位置に縦七寸、横一尺二、三寸の矩形通路があつて、第一槽の汚物が七寸以上溜つたときには縦六尺、横二尺六寸、深さ地下四尺二寸の第二槽に流出し、第一、第二槽の汚物が二尺五寸以上溜つたときには第二槽の汚物は高さ二尺五寸の第二槽の北壁を越えて縦三尺、横六尺二寸、深さ地下四尺二寸の第三槽に流出し、第三槽に溜つた汚物はその上部に設けられたマンホールから汲取る設備となつていること、右各槽の側壁は厚さ一寸八分のセメント煉瓦で囲いその上に厚さ五分のモルタルを張り、底面はぐり石を敷きその上に厚さ二寸五分ないし三寸のコンクリートを塗つてあること、右各槽内の汚液は控訴人所有の隣地に微量ながら浸透するけれどもこれを崩壊する虞はないことが認められる。控訴人は右改良式便所の第一槽が民法第二百三十七条にいわゆる肥料溜であるから同条に基いてその撤去を求める旨主張するからその当否について考えてみる同条第一項前段は肥料溜について隣地との境界線から六尺以上の距離を存することを要求し、同項後段は厠坑について三尺以上の距離を存することを要求しているのであるが、便所なる言葉はその通常の用法によれば肥料溜ではなく厠坑と解されるけれども、同項前段が肥料溜のほか、井戸、用水溜、下水溜について規定し、同項後段が厠坑のほか、池、地窖について規定していること、同法第二百三十八条が境界線附近において右の如き施設のための工事をするときは土砂の崩壊又は水若くは汚液の滲漏を防ぐに必要な注意を為すことを要求していること等にかんがみれば同法第二百三十七条の趣旨はいずれも境界線に接着して土砂の崩壊又は水若くは汚液の滲漏により隣地に有形的の損害を及ぼすことなからしめようとするものであり、井戸、用水溜、下水溜又は肥料溜はその危険の程度が比較的大であり、池、地窖又は厠坑はそれが比較的小であるため境界線から存しなければならない距離に差異をつけたものと解される。そうだとすれば、右改良式便所の第一槽は前示認定の構造、設備、作用、使用目的、危険の程度に照し厠坑に該当すると解するのを相当と考える。従つて、境界線から存しなければならない距離は三尺以上であるところ、前示認定のとおり第一槽の南壁と境界線との距離は三尺であるから、被控訴人の改良式便所設置に違法の廉はない。尤も、前示認定のとおり右改良式便所の汚液が微量ながら控訴人所有の隣地に浸透するけれども、これとても前示認定の厚さ一寸八分のセメント煉瓦で囲いその上に厚さ五分のモルタルを張つた側壁或いはぐり石を敷きその上に厚さ二寸五分ないし三寸のコンクリートを塗つた底面を浸透し、更に三尺の土砂を浸透した汚液なのであるから極めて微量であつて、この一事を以て控訴人所有地に有形的損害を及ぼし、控訴人の土地所有権を侵害したとして取り上げるに足る程度のものではないと考えられる。従つて、控訴人は被控訴人に対し右改良式便所の第一槽の撤去を求める権利を有しないものというべく、控訴人の本訴請求はその理由がない。それと同旨の原判決は相当である。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永見真人 黒川四海 丸尾武良)

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